小沢民主党代表の公設第一秘書逮捕が今世間の注目を浴びている。
私には「何かが臭う。」
私はこういう自分の感覚を大切にしている。これは若手の切れ者と世間では言われる秀才の才能の対極にある野性の勘というものによる。
具体的な名前で示そう。前者に該当するのが三木武夫、宮澤喜一、橋本龍太郎、後者に該当するのが、佐藤栄作、田中角栄、小沢一郎と言えると思う。
かく言う私はどっぷり後者の方だ。だからこそ日々こつこつ努力して本を読む。私は秀才では全くなかったから、人より時間をかけて才を磨かなければならない。
もともと政治とは町人である我々とは別次元で行われていた歴史の方が長い。その中で育まれてきた将たる者を生み出す方法や理論というものがある。
たった一言で言うなら、倫理や素行よりも、(必要ないと言っているのではないことをご承知おきいただきたい)きれい事で言うなら世のため、国のためにどのような結果を残したかという結果が問われる。わかり易い例で言えば北朝鮮の全正日である。
毎日酒地肉林のパーティーを繰り広げていながらも、100%の将軍様なのだ。
中国だってそうだ。毛沢東の好色は有名だ。その点はまだ大陸の方がその傾向が強い。
ところが、何かの流れで、民主主義なるものが導入され、主権がお上や殿様から、民衆に主権があるということになった。制度は確かにそうなったからと言って、突然民衆が政治に明るくなって国の方向を決められるようになるとはまた話が別だ。
事実上は、民の意を汲んでいる振りをしながら、結果責任として政治を全うしようとする大矛盾に直面することになった。戦後すぐはまだ古い考えで政治を動かせたが、時に「ある誰か?」の思惑で、後者の理屈を突然持ち出して疑獄事件を暴き出し、「ある誰か?」に都合の悪い人間を葬り去ってきた。ある時は暗黙の了解で見逃しながら、ある時はスッパ抜くという危うい関係が生まれた。
小沢一郎という男は、早くして死んだ愛する長男をそこに見た田中角栄が息子のように育てた政治家だ。
話は少しそれるが、今の麻生首相の祖父である吉田茂内閣の時に官房長官に47歳の佐藤栄作を起用した。そしてその佐藤栄作内閣の時に田中角栄を幹事長に抜擢した。そして、田中がロッキード事件で政界を退き、その後を継いだ竹下登は、田中と同じ佐藤栄作内閣の時、47歳で官房長官になっている。
そして、竹下がリクルート事件で退陣し、海部俊樹を裏で糸を引いて首相に就任させた時の海部内閣の幹事長が他ならぬ47歳の小沢一郎であった。偶然47歳。
小沢は総理になる必須のポストとしての幹事長を始め、全国の自治体と警察機構を管理・統括する自治大臣、国家公安委員長も歴任し、地味ながら、バリバリの保守本流の英才教育を受けてきた。そんな彼は、何もかも知っているがゆえに、慎重に慎重に行動してきた。
だからこそ、今回の秘書の逮捕は寝耳に水で、彼の常識ではあり得ないことなのだ。先輩、特にオヤジ田中角栄が、日中国交正常化を、アメリカを飛び越して独断でやった見せしめに、ロッキード事件を暴露され、葬られた。
田中のことを面白く思わない自民党の重鎮がアメリカ政府とつるんで田中をはめた。本来、アメリカ政府の意向を汲んだロッキードの旅客機導入であるから、アメリカから爆弾が投げられるのは反則なのだ。田中の長女の田中真紀子と小沢が仲が良いのもこの時の事件も伏線にあろう。
私は、「何かが臭う。」ただ、私は政治には全く素人だ。
少しだけ縁あって若手の政治家の集まりに籍を置いたこともあったが、「政治を知らない素人が何を偉そうに。」と影で言われたくらいの素人だ。だからこうして気楽に自分だけの頭で推理をしている。
私がひっかかるのは、この小沢秘書逮捕に先立ついくつかの動きだ。それは正に田中角栄とその愛弟子小沢一郎との因縁とも言えよう。偶然の一致である。
その出来事は、まずクリントン長官が、来日の際に小沢民主党党主との会談を日程に入れたことだ。
これは異例中の異例なことだ。少なくとも現在の与党は自民党であり、首相は麻生である。いくら人気がないとは言え、表向き形式を重んずる国家間の外交ならこのようなあからさまなことはおかしい。しかも小沢は一度は会談を辞退している。通常は小沢がアメリカを訪問し、次期政権を使うかもしれない立場で話しをしに行くのが筋というものだ。しかも、そんな明白な筋違いを自民党の連中からはほとんど批難の声は出なかった。これはおかしい。
本来喜んで会談すべき小沢の方が辞退している。
さほどの意味があるようにも見えず、大した外交成果もないように見える訪米だが、私はこの時に、次期政権を小沢か麻生どちらをパートナーとアメリカが認めるかの密約が取り交されたと思う。
そして今回の検察の小沢第一秘書の逮捕。検察が時の権力から独立して行動するなど真っ赤なウソだ。造船疑獄以降、必ず「誰か?」の思惑で動いてきたのは明白だ。マスコミなどと言うウソツキ権力に惑わされたら真実を見誤まる。ただ彼らは映像とペンと、机上の理想に生きるインテリによって表向ききれいに着飾ることを忘れないから、政治家よりはるかにたちが悪い。
田中角栄と同じく小沢もアメリカという外圧の前に政界から葬り去られるのであろう。理由は私にはわからない。
ひょっとして、田中と同じくアメリカを飛び越して中国との関係を深めようとしたからかもしれない。あるいは麻生が何かアメリカに売り渡したからかもしれない。ただ何かあるだろうことは私は感じている。
恐らく小沢も政界から事実上葬られるであろう。そして最後の古き政治家が、日本の政治の世界から居なくなるであろう。これも時代の流れだ。そして何もできない理想だけのさわやか政治家が日本を漂流させてゆくだろう。
私はそれが日本にとって良い事だとも悪い事だとも思わない。民衆とは実にわがままだと思う。
立派に国を栄えさせるリーダーを望みながら、一方できれい事を求める。この利と欲の渦巻く世の中を引っ張って行くリーダーに潔癖を求めるという矛盾を平気で叫ぶ。
それが私達の民主主義だ。それで良い。民衆に主権を認めることも歴史の流れの必然なら、その民主主義で選んだ結果がどうであれ、受け入れるのも私達国民の党格なのだから。ただ、あれこれ希望を叫びながら、あまりにその結果に対して不満を言いすぎるものわかりの悪い国民であることは確かなようだ。
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