2007年12月23日

私の恩師「ウィルスさん」の事

 「思い出のお金持ち」で少し触れた、死期の予告について、もう少し書いてみようと思います。「オーストラリア抗原菌プラス」って聞いておわかりになりますか?
 私が19歳の時の医師から告げられた病気の原因だったのです。当時はまだそんなに国民病になっていなかったのでしょうね。実はこの病名、今はB型肝炎とかC型肝炎などウィルスに感染して発症する肝炎の事だったのです。
 40度の高熱に悩まされている私にこんな事を言われてもチンプンカンプン。インフルエンザのようなものではなく、即刻入院しなければならない重病という事だけがわかったのです。時は大学受験1ヶ月前。しかも1年の自宅浪人中の最後の追い込み。先生は「大学より命の方が大事でしょ。今すぐ入院しなさい。」とひと言。悩みました。私には浪人生活はとても苦しいものだったからです。入院してまた受験勉強をする自分を思い描いて、それでも入院する事は正直できませんでした。
 私は「大学受験後にもう一度入院させて下さい。」とお願いすると、先生は「いや、もう責任は持てないから、大学受験後は他の病院へ行って下さい。」と冷たいお返事。何とか大学受験を済ませ、入学した大学の診療所の紹介である大学病院へ入院、そしてえらい教授の週に1度のご回診の折り、体のある斑点が皮膚癌の疑いがあるという事で手術。その後お腹に針を差して肝臓の組織を採られて、結果は「長くて35歳までの命と思ってください。」何が何やらわからずじまいの大混乱。おまけに感染源の調査というのがまた細かいの、ネチこいの。家族には誰も保菌者はなく、輸血の経験もなし。唯一考えられるのが異性間の性交渉。これがまた未経験なのですが、当時の医学で、小学校の予防注射による医療感染という意識がなかったのか、当時の厚生省が隠ぺいしていたのか、私の感染経路は先生の所見では「性交渉もしくはそれに擬するもの。」とされました。今、薬害肝炎で政府の保証でもめていますが、本当の肝炎の実態で大きな問題は、予防接種という病気の予防という医療行為で、逆に国民病と呼ばれるほどに肝炎をまん延させてしまった厚生省の罪を言及する声がないのは不思議です。多分証拠認定がしずらいのでうやむやになっているのでしょう。本題に戻りましょう。
 とにかく理解した事は、「私はかなりの重病である。そして現代医療では治す方法がまだない。余命はあと長くて15年。」この3点でした。あれから30年、医療も進化しましたが、当時は正直ほぼお手上げに近い状態だったのです。
 病院のベットに寝たきりで、いろいろ考えました。退院してからも6ヶ月間自宅養生でまたまた考えました。考えた末に私が達した答えが1.「35歳で死ぬという人生設計をしよう」2.「ウィルスは病気ではなく私達と同じ生き物だ。」3.「自分が病人かどうかを決めるのは、医者ではなく自分なんだ。」
 まず、1.は今回のテーマではないので、2.3なのですが、よくよく考えてみると、いったい病気かどうかは誰が何を根拠に決めるのか?どうも命に別状があるという視点で病気だと一くくりにしているように思ったのです。私はまず、癌は変化であって病気ではないと考えています。次にウィルスによって不調が出るのは、ウィルスとの付き合い方が悪いだけで、決して悪い事ではない。もちろん病気などではない。「我ら動物皆兄弟。」ウィルスさんと理解し合えたら何も問題ないという結論に至ったのです。ただ、ウィルスさんとは言葉によるコミュニケーションの手段がないので、同じ生物同志としての愛の波動によるコミュニケーションをしようというか、それしか無いのです。そこでいつも「僕もあなたも同じ神様が命を授けた尊い命なんだから、仲良くしようね。」という思念と
「人生いろいろな事を気付かせてくれて、君はベストフレンド、いや恩師なんだ。有難う。」この2つの思念で自分の体を満たしたのです。
 その後の人生は言うに及ばず。私は西洋医学のらち外に生きる例外患者となってしまったのです。今年の始めには、「ウィルスさんがどんどん減少してきてますよ。今なら良いインターフェロンがあるので完治させられます。」と先生がおっしゃったので、「先生!私の親友であり恩師であるウィルスさんを殺すなどとはもっての他。居なくなったら寂しいから、2度とそんな事は言わないでください。」と断固拒否しました。それから全然お医者さんへ行っていないので、もしかしたらウィルスさんは居なくなってしまっているかもわからない。怖いお兄さんも、ウィルスさんもこちらが敵意を持たなければ、それは相手に波動で伝わって、決して暴れたりはしないと思うのです。薬を打ったり、対抗意識を送ったり、体がマイナスの意識波動に包まれると、何とも無いものまでこちらに害を与えたりするものだという事は、私はウィルスさんから命懸けで教えてもらいました。これは真実です。事実というのは頭で理解するものですが、真実というのは胆に落とす事なのです。全身全霊その色に染まった時、西洋医学では「奇跡」と呼ばれる「当たり前」な事が人々に起こる、この自分自身に与えられた神秘の力を十二分に頼る自力の人生を送る事が、この世に生を受けた私の使命であり、神様の期待するところでもあると常々私は思っています。


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